いかがでしたでしょうか?それでは掘り下げをやっていこうと思います。
1.人間が社会を作った理由
1-1.社会の幸せが、みんなの幸せ
前回、プラトンは「徳」という概念を使って理想的な国家の姿を描いた、と言いました。その主張は以下の通りです。
プラトン「一番正義の徳がある人間を哲人王として一番上に立て、知恵がある人々が政治をやり、勇気がある人々が国を守り、節制がある人々が市民として働く。これによって、理想的なポリスが出来る」
プラトンは、人間の徳は四つに分かれると考えていました。様々な事を考えることが出来る「知恵」、敵が来たときに恐れずに戦うことが出来る「勇気」、分相応をわきまえて慎ましく生活する「節制」、そしてそれらをすべてバランス良く持つ「正義」。これらの4つの徳をまとめて、「四元徳」といいます。
プラトンは、最初に最も正義の徳を備えている人を哲人王として頂点に君臨させ、他の人々を「どんな徳を持っているか」によって分類し、それぞれの階級に配置することで、平和なポリスが出来ると考えました。その人が一番得意な場所に配置してあげることで、みんなが幸せになるポリスになる、というのがプラトンの主張です。
1-2.徳とは中庸である
アリストテレスは、プラトンが言う「徳」について、更に掘り下げて考えました。そしてこのように主張します。
アリストテレス「徳とは、我々にとっての中庸に成り立つ行為を選択する態度である」
例えば、先ほどの四元徳の一つである「勇気」は以下のように説明されます。敵が攻めてきているのに戦おうとしない態度は「臆病」ですが、逆に相手をよく観察せずに反撃する以上に戦おうとしたら、それは「粗暴」です。攻めてきた敵に対して臆さず甘く見ず、相手の強さに応じて柔軟に戦いに臨む姿こそ「勇気」ある態度です。
「粗暴」と「臆病」といった二つの「悪徳」から判断して、「勇気」ある態度を発揮できる事が「勇気という徳」であり、両極端の「悪徳」から「徳」を見つけ出せる力のことを「中庸」と呼びました。
プラトンがいう「四元徳」はイマイチ理解しづらかったですが、アリストテレスの「中庸」の考え方だと大分スッキリ理解できます。
ちなみに、仏教には「中道」という考え方があります。俗世を離れてひたすら苦行に身を投じても真理を見いだせなかったお釈迦様は、敢えて苦行を離れて瞑想を続けた結果真理を明らかにしたことから、「人が進むべき道は俗世でも苦行でもない第三の道である中道だ」と説かれました。ここでアリストテレスの「中庸」との違いとして、アリストテレスは中庸は理性に基づいた能力だと主張しているのに対し、お釈迦様は中道を見いだす為には頭で考えるだけでは駄目だと説かれました。この違いは、西洋哲学→理性主義、東洋哲学→直観主義、という対比を表わしている事柄でもあります。
また、前回アリストテレスは「徳を身につけるには一朝一夕にはいかない」と主張しました。これは、「徳とは正しいことを知る事だ(主知主義)」と主張したソクラテスやプラトンに対して、その徳を知っていることと実際にその中庸を弁えているかは別の問題だ、というカウンターでもありました。
「悪徳だと分かっているし、徳を選ばなければならないのも分かっている。しかし、悪徳を選んでしまう」事が人間にはあり得るのだ、とアリストテレスは強調したのです。この「わかっちゃいるけどやめられない」に関連する事柄を「アクラシア問題」といい、アリストテレスのソクラテスやプラトンとの違いとして度々取り上げられます。
アリストテレスは、徳によって人々を分別するのではなく、人々が子供のうちに中庸を身につけるよう厳しく教育する事で平和なポリスが成り立つ、そのように主張しました。やはり現実的な考え方です。
1-3.友愛なくして幸福なし
プラトンは自身が打ち出した「イデア論」に基づいて国家論を展開しました。しかし、その理論は聞いている分には「良さそうに」聞こえるのですが、実際にはそのポリスで暮らす人の気持ちを考慮していなかったりと、現実的ではないことがいくつかありました。
アリストテレスはそれを解決するために、プラトンが打ち出した四元徳(勇気、知恵、節制、正義)に、「友愛」という徳を加えました。アリストテレスは「友愛」についてかなり細かく論じているのですが、簡単に言うと「お互いを思いやる、人間同士の深い繋がりに不可欠な徳」です。
「確かな友愛があれば、正義は余り必要としない」とまでアリストテレスは断言しており、「友愛」という徳を前提にして、各人がそれぞれの徳を発揮する事によって、そのポリスは平和になる、そのように主張しました。
ちなみに、アリストテレスはプラトンの言う「哲人王」について、「哲人王も人である以上間違う可能性を否定する事は出来ない。もし哲人王なる人物が決定的な過ちを犯した場合、誰が止めるのか」といい、哲人政治に批判的でした。さらにその他様々な政治体制について吟味し、「共和制」が一番無難だ、という結論を出しました。
そして、「友愛」に関して、アリストテレスはこのように述べています。
アリストテレス「いくら善を持っていても、友人がいなければ誰も生きて行こうと思わない。何故なら、善は人間関係の中でこそ実戦されるものだからだ。友愛とは、『相手のために善を願い、行為する』という徳の一つである」
アリストテレスもプラトン同様、社会参加を「人生における幸福」の中の必須条件として考えていました。善を与える相手がいなければ、その人の卓越性はずっと発揮できないからです。
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